エリザベス様式
ELIZABETHANアングロ・サクソン意識の昂揚

急勾配の切妻屋根で、中央に高い壺飾り付きの煙突があり、袖棟と十字交差する。ハーフティンバー構造によって、構造体が化粧としての意匠となり、菱形のガラスを鉛で組み合わせ作られたケースメント・ウィンドウの連窓が簡素に調和よく取り付けられ、玄関扉は縦板扉。組石造でつくられることもある

 エリザベス様式は、日本ではチューダー様式という名前で呼ばれていることが多い。エリザベス1世の時代はチューダー王朝(1485〜1603)に属するからである。イギリス各地にあるハーフティンバー建築は、アングロ・サクソン人のルーツというべき建築である。
 エリザベス1世の時代は中世からルネッサンスへ移行する過渡期であり、社会が大きく変動するとともに、文化が非常に豊かな時代でもあった。またこの時代はローマ法王庁との関係も改善され、航海術の発展とともに国が飛躍した。ハーフティンバーの建築技術は、実は木造船の築造技術と同じオーク材による、ほぞ差し工法である。航海術の発達と建築工法の発展とは、表裏一体だった。木造船の老朽化した材料を建築の構造材に転用することも珍しくなく、イギリスの古い建築を見ていると、明らかに船の廃材が再利用されている例が多数見られる。
 エリザベス時代に生まれたこの様式は、第一次世界大戦後にイギリスとアメリカで大変な人気となった。その理由は、19世紀末のアーツ・アンド・クラフツ運動の中で、イングランドの主たる民族アングロ・サクソン人が、4世紀頃にデンマーク地方からブリテン島に持ってきたのが造船技術であり、同じ工法の建築技術であるハーフティンバー構造によるデザインこそ、民族の伝統の1つであると再評価されたことにある。アーツ・アンド・クラフト運動は、新しい文化運動の形をとりながら、一面では民族主義的な自意識を主張することでもあった。
 このようなアングロ・サクソンの民族的な誇りや昂揚が、アメリカに移住したアングロ・サクソンたちにも同様の誇りとして認識されたことは、当然の帰結と言ってよい。エリザベス様式の住宅は、不況期にかかわらずアメリカで建設され続けた。この様式は1940年代に評価が低下したが、70年代から80年代には擬古典的様式としてよみがえり、ネオ・チューダー様式とも呼ばれた。