暮らしやすさよりもデザイン、造形を優先したかった
ミステリー作家、下村敦史さんの家づくりは徹底した下調べと情報収集から始まった。
ヨーロッパを中心に古い洋館のイメージを集め、必要なものだけをすくいあげ、自分の理想の造形、空間を組み上げていく。長編小説の執筆にも似たプロセスを経て、構想を固めていったという。「小説や映画、ゲームに登場するような重厚さと、何かが始まる予感が漂う、ワクワク感に満ちた洋館にしたい」。そんな思いは、サーキュラー階段、壁面のモールディング、吹き抜けのアール壁、パネルやピラスターで装飾した廊下、照明、絵画ディスプレイなどのディテールを通じて、見事に表現されている。「暮らしやすさより、招いた編集者や他の作家が驚くような家を目指しました」。そんな遊び心が端的に感じられるのが、バロック様式の格天井が印象的な書斎の隠し扉から、階段を降り、長い廊下の先に用意した地下室だ。
訪れた人が、細部の装飾に見とれながら導かれ、ここで、物語はクライマックスを迎えるのだろう。下村さんにとって、家づくりは創作活動の1つであり、担当編集者のように伴走してくれた『ユニバーシス』とともに、この作品は完成したのだ。